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大阪回春性感エステティーク 谷九店性感エステ
るり
22歳 T154 B90(G) W58 H92
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るり(エステティーク谷九店)
【妖怪研究】
どうも、ルリです。井上円了(1890年)『妖怪研究』を読んだ。井上円了は1858-1919年を生きた哲学者であり、仏教哲学と、珍しく妖怪学を専門とした。井上は妖怪を科学的に解明しようとする態度で研究に臨んだという。妖怪の研究といえば柳田國男や田中貢太郎も頭に浮かぶが、井上は代表的な妖怪研究者という位置づけのようである。
本作は、井上が妖怪をいくつかの性質から三種に分類し、それについて説明するものである。井上は古今東西問わず物的・精神的諸象において、普通の道理で解釈できないものを「妖怪」または「不思議」と定義したうえで、妖怪の分類を行った※1。その分類が下記である。
「第一種、すなわち外界に現ずるもの
幽霊、狐狸、犬神、天狗、鬼火、妖星、その他諸外界の妖怪
第二種、すなわち他人の媒介によりて行うもの
巫覡、神おろし、人相見、墨色、卜筮、予言、祈祷、察心、催眠、その他諸幻術
第三種、すなわち自己の身心の上に発するもの
夢、夜行、神知、偶合、再生、俗説、癲狂、その他諸精神病
このうち第一種の狐狸、犬神等は、第三種にも属すべし。」※2
とりわけ、夢が妖怪の第三種として分類されていることが非常に興味深い。「どうせ夢でしょう」と切り捨てず、昔から続く怪異とみなして研究対象とする姿勢に、本質を探求する態度を感じられる。
また、現代でも国沢一誠さんの『バスケットシューズ』、真白圭さんの『テレテテテテテンその2』など夢にまつわる怪談は多く見られるうえ、上記分類はいつの時代も通じる普遍性を有している印象がある。
呪術が第二種に含まれていないことが気にかかったが、恐らく“その他諸幻術”に含まれているのだろう。そして犬神筋や狐持ちといった、代々憑き物を操る家系を考慮しているのか、狐狸と犬神を第三種にも含めている点にも真摯な眼差しを感じられる。
私は「信じていたほうが面白いから」という理由で妖怪や心霊の類を信じているが、やはり信じない方は一蹴したり、「くだらない」で片付けたりするケースも珍しくない。
しかしながら、妖怪の存在の真偽にかかわらず、「妖怪らしきものを感じたその瞬間」というものは体験者の中に確実に存在しており、「その瞬間」があったということは事実である。中には数百年以上も前の「その瞬間」が長く語り継がれているケースも存在する。こうした事実自体を認め、それらを素直な目で捉えることで見えてくるものもあるのではないか、とつい考えてしまった次第である。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
《参考文献》
※1 井上円了(1890年)『妖怪研究』、青空文庫、1頁。
※2 同上、2-3頁。
どうも、ルリです。井上円了(1890年)『妖怪研究』を読んだ。井上円了は1858-1919年を生きた哲学者であり、仏教哲学と、珍しく妖怪学を専門とした。井上は妖怪を科学的に解明しようとする態度で研究に臨んだという。妖怪の研究といえば柳田國男や田中貢太郎も頭に浮かぶが、井上は代表的な妖怪研究者という位置づけのようである。
本作は、井上が妖怪をいくつかの性質から三種に分類し、それについて説明するものである。井上は古今東西問わず物的・精神的諸象において、普通の道理で解釈できないものを「妖怪」または「不思議」と定義したうえで、妖怪の分類を行った※1。その分類が下記である。
「第一種、すなわち外界に現ずるもの
幽霊、狐狸、犬神、天狗、鬼火、妖星、その他諸外界の妖怪
第二種、すなわち他人の媒介によりて行うもの
巫覡、神おろし、人相見、墨色、卜筮、予言、祈祷、察心、催眠、その他諸幻術
第三種、すなわち自己の身心の上に発するもの
夢、夜行、神知、偶合、再生、俗説、癲狂、その他諸精神病
このうち第一種の狐狸、犬神等は、第三種にも属すべし。」※2
とりわけ、夢が妖怪の第三種として分類されていることが非常に興味深い。「どうせ夢でしょう」と切り捨てず、昔から続く怪異とみなして研究対象とする姿勢に、本質を探求する態度を感じられる。
また、現代でも国沢一誠さんの『バスケットシューズ』、真白圭さんの『テレテテテテテンその2』など夢にまつわる怪談は多く見られるうえ、上記分類はいつの時代も通じる普遍性を有している印象がある。
呪術が第二種に含まれていないことが気にかかったが、恐らく“その他諸幻術”に含まれているのだろう。そして犬神筋や狐持ちといった、代々憑き物を操る家系を考慮しているのか、狐狸と犬神を第三種にも含めている点にも真摯な眼差しを感じられる。
私は「信じていたほうが面白いから」という理由で妖怪や心霊の類を信じているが、やはり信じない方は一蹴したり、「くだらない」で片付けたりするケースも珍しくない。
しかしながら、妖怪の存在の真偽にかかわらず、「妖怪らしきものを感じたその瞬間」というものは体験者の中に確実に存在しており、「その瞬間」があったということは事実である。中には数百年以上も前の「その瞬間」が長く語り継がれているケースも存在する。こうした事実自体を認め、それらを素直な目で捉えることで見えてくるものもあるのではないか、とつい考えてしまった次第である。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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《参考文献》
※1 井上円了(1890年)『妖怪研究』、青空文庫、1頁。
※2 同上、2-3頁。
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