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大阪回春性感エステティーク 谷九店性感エステ
るり
22歳 T154 B90(G) W58 H92
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るり(エステティーク谷九店)
【寺田寅彦『赤』】
どうも、ルリです。寺田寅彦(1899年)『赤』を読んだ。寺田寅彦の作品も久々に読んだが、わずか1頁半の中に寺田の観察眼や諧謔を感じられる、興味深さがあった。野菜や鶏肉など、あらゆる美味しさを凝縮した固形コンソメのようである。
さて、本作は布団に入って目を閉じてから眠りに落ちるまでの間、瞼の裏に見える暗黒を観察した旨と、赤という色についての所感が綴られた作品である。中でも印象深かったのは下記である。
*「蒲団を引っかぶって固く目を閉じると何も見えぬ。しばらくすると真赤な血のような色の何とも知れぬものが暗黒の中に現れる。なお見ているとこれが次第に大きくなって突然ぐるぐると廻り出す。それはそれは名状し難い速さで廻っているかと思うと急に花火の開いたようにパッと散乱してそのまた一つ一つの片が廻転しながら縦横に飛び違う。血の色はますます濃くなって再び真黒になったと思うとまたパッと明るくなって赤いものが廻りはじめる。こんな事を繰り返しているうちに眠りの神様は御出でになる。きっとこの血のような花火のようなものが眠りの神の先駆のようなものであろう。」※1*
「目を閉じると何も見えぬ」状況でも瞼の裏を見つめ続け、「目を閉じた時に広がる暗黒」をじっと観察する様子は寺田らしい。そのうえ子供のような好奇心も垣間見えて、微笑ましくもある。しかしながら、そんな無邪気な好奇心を覗かせつつも、その観察は流石科学者といった詳細さである。
また、赤色ではなく「血の色」という表現が選ばれることで、観察内容が瞼の裏に見える光景として生々しく認識されて良い。そして、瞼の裏という小さいスクリーンで目まぐるしく動く「血の色」の、俊敏さや色の変化、運動の様子が非常に素直かつ細かく綴られているのも、突飛で面白味がある。
さらには、この躍動する「血の色」を繰り返し眺めることで眠りにつくという流れは勿論、この「血のような花火のようなもの」を指して「眠りの神様は御出でになる」「眠りの神の先駆のようなもの」と表現するところには、サイケデリックというか、微かな狂気に近いものを感じられる。
だが、このサイケデリックな感じや微かな狂気に近いものが、寺田の無邪気な好奇心や鋭い観察眼から生じているということが、たまらなく良い味を出している。これまで読んだ寺田の作品でこうした奇妙な感じを抱いたものはなかったため、新たなテイストの作品に触れられたことを嬉しく思う。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
※1 寺田寅彦(1899年)『赤』、青空文庫、1頁。
どうも、ルリです。寺田寅彦(1899年)『赤』を読んだ。寺田寅彦の作品も久々に読んだが、わずか1頁半の中に寺田の観察眼や諧謔を感じられる、興味深さがあった。野菜や鶏肉など、あらゆる美味しさを凝縮した固形コンソメのようである。
さて、本作は布団に入って目を閉じてから眠りに落ちるまでの間、瞼の裏に見える暗黒を観察した旨と、赤という色についての所感が綴られた作品である。中でも印象深かったのは下記である。
*「蒲団を引っかぶって固く目を閉じると何も見えぬ。しばらくすると真赤な血のような色の何とも知れぬものが暗黒の中に現れる。なお見ているとこれが次第に大きくなって突然ぐるぐると廻り出す。それはそれは名状し難い速さで廻っているかと思うと急に花火の開いたようにパッと散乱してそのまた一つ一つの片が廻転しながら縦横に飛び違う。血の色はますます濃くなって再び真黒になったと思うとまたパッと明るくなって赤いものが廻りはじめる。こんな事を繰り返しているうちに眠りの神様は御出でになる。きっとこの血のような花火のようなものが眠りの神の先駆のようなものであろう。」※1*
「目を閉じると何も見えぬ」状況でも瞼の裏を見つめ続け、「目を閉じた時に広がる暗黒」をじっと観察する様子は寺田らしい。そのうえ子供のような好奇心も垣間見えて、微笑ましくもある。しかしながら、そんな無邪気な好奇心を覗かせつつも、その観察は流石科学者といった詳細さである。
また、赤色ではなく「血の色」という表現が選ばれることで、観察内容が瞼の裏に見える光景として生々しく認識されて良い。そして、瞼の裏という小さいスクリーンで目まぐるしく動く「血の色」の、俊敏さや色の変化、運動の様子が非常に素直かつ細かく綴られているのも、突飛で面白味がある。
さらには、この躍動する「血の色」を繰り返し眺めることで眠りにつくという流れは勿論、この「血のような花火のようなもの」を指して「眠りの神様は御出でになる」「眠りの神の先駆のようなもの」と表現するところには、サイケデリックというか、微かな狂気に近いものを感じられる。
だが、このサイケデリックな感じや微かな狂気に近いものが、寺田の無邪気な好奇心や鋭い観察眼から生じているということが、たまらなく良い味を出している。これまで読んだ寺田の作品でこうした奇妙な感じを抱いたものはなかったため、新たなテイストの作品に触れられたことを嬉しく思う。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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※1 寺田寅彦(1899年)『赤』、青空文庫、1頁。
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