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大阪回春性感エステティーク 谷九店性感エステ
るり
22歳 T154 B90(G) W58 H92
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るり(エステティーク谷九店)
【『神賑ひ一般』】
どうも、ルリです。折口信夫(1949年)『神賑ひ一般』を読んだ。本作は、祭りで行われる舞踊や楽器といった芸能めいた「神賑ひ」が、余興ではなく神を喜ばせるための重要な要素であるということに着目し、音楽や舞踊のみならず茶道などの芸道や、競技と神事との関連について綴られた作品である。
「神賑ひ(神賑い)」とは、神社の恒例祭で厳粛な祭典が終わった後に行われる神楽や獅子舞、舞楽、奉納武道、奉納相撲、競射、神輿、山車、仮装行列といった催しを指す※1。折口によると、昔は鎮魂(人の身に魂を鎮める行事)の際に歌や楽器、舞踊といった方法がとられていたことがその始まりであり、それらの芸能が神事を離れて分化したことで宮廷を越えて、諸国の社や聖地で歓心が目覚めていったという※2。
また、相撲や打毬、馬術、賭弓といった競技も神事に関係していたとも述べられており、芸能と並んでそれらが「神賑ひ」として祭事に行われていったことを説明する下記箇所は印象的であった。
「神事から出て芸能化したいろ/\の神賑ひを思ふと、信仰の根深さ、又形を変へて永続する強い意力を感じる。打毬・馬術・賭弓の各種目も同様、神事占ひから出発した痕が認められるのである。
かうして日本の神々が、芸能を深く愛好せられると言ふ印象を、昔の人は持つやうになつた。荘厳な雅楽――又、舞楽――が、神事芸能に入れられたのも、かうした古人の理会から来た。田楽・猿楽の如く、中世から近世へ栄えた芸能も亦、最神事に縁の深いものであつた。武術などはまさか、と思ふ人もあらうが、此亦相撲同様、勝負を以て判ずる占ひの基準として、祭時に行はれたものが多かつたのである。」※3
ここで特に印象深いのは、あらゆる芸能や競技が神事から出発していることから、「日本の神々が、芸能を深く愛好せられると言ふ印象を、昔の人は持つやうになつた」と折口が考察する箇所である。実際に神々の存在を視認した人がどれだけ居たのかは分かりかねるが、一般的に視認できない存在であったとしても人々が神々の存在を信じ、神々の好むものを想像或いは感じ取り、神々を喜ばせようと祭時にそれらを執り行う、という一連の動きがあったことがこの箇所からは窺える。
そのうえ、それらの「神賑ひ」は形を変えながらもなお現代にも続いていることから、多かれ少なかれその原初の精神性も存続していると思われる。別所梅之助は『石を積む』(1931年)にて「宗教性は遍く私どもの中に存してをる。……宗教性も人の心の中を流るる潜流である。」※4 と述べていたが、「神賑ひ」に見られる精神性は、まさにこの秘めたる宗教性の表出であるとも考えられる。
個人的にこの「神賑ひ」に透る精神性で思い出されたのは、浪曲師・三波春夫の「お客様は神様です」という発言である。これは後々曲解されて物議を醸したようだが、本来は「神前で祈るときのように、雑念を払い澄み切った心にならなければ完璧な藝を見せられない。よって、お客様を神様とみて歌を唄う」※5 という、演者としての心構えを意味するものであった。
そして、書籍名と著者名は失念したのだが、昔読んだ実話怪談本には「ある大学の居合道部では神社で毎年型の演武を行うが、未熟な1年生が演武した際、その指には忽ち剣先で切られたような切り傷が刻まれていった。その1年生は未熟を反省して鍛錬し、数年後見事な演武を行ったら、神に認められたのか切り傷は出来なかった」という内容の話が収録されていた。
これらからは、神へ芸を奉ることの畏れ多さと、それゆえに完璧な芸を披露しなければならないとする精神性が窺える。しかしながら、これらからは完璧な芸を奉る理由として「神々は神聖な存在であるから失礼のないように」という意識のほうが、「神々は芸能を愛好せられるから喜ばせられるように」という意識よりも強く働いている印象がある。
前者のような神々の存在を意識する精神性だけでなく、後者のような「神賑ひ」の原初に垣間見られる、神々の好みや神々をもてなすことを意識する精神性がより強くなれば、神前で執り行われる芸にも一層豊かな精彩が加わるのではないかと思った次第である。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
―――――――
《参考文献》
※1 長野県神社庁「祭り方 of 長野県神社庁」、長野県神社庁HP、2026/07/13/16:55アクセス。
※2 折口信夫(1949年)『神賑ひ一般』、青空文庫、2-3頁。
※3 同上、3-4頁。
※4 別所梅之助(1931年)『石を積む』、青空文庫、6頁。
※5 株式会社三波クリエイツ「「お客様は神様です」について」、三波春夫オフィシャルサイト、2026/07/15/14:17アクセス。
どうも、ルリです。折口信夫(1949年)『神賑ひ一般』を読んだ。本作は、祭りで行われる舞踊や楽器といった芸能めいた「神賑ひ」が、余興ではなく神を喜ばせるための重要な要素であるということに着目し、音楽や舞踊のみならず茶道などの芸道や、競技と神事との関連について綴られた作品である。
「神賑ひ(神賑い)」とは、神社の恒例祭で厳粛な祭典が終わった後に行われる神楽や獅子舞、舞楽、奉納武道、奉納相撲、競射、神輿、山車、仮装行列といった催しを指す※1。折口によると、昔は鎮魂(人の身に魂を鎮める行事)の際に歌や楽器、舞踊といった方法がとられていたことがその始まりであり、それらの芸能が神事を離れて分化したことで宮廷を越えて、諸国の社や聖地で歓心が目覚めていったという※2。
また、相撲や打毬、馬術、賭弓といった競技も神事に関係していたとも述べられており、芸能と並んでそれらが「神賑ひ」として祭事に行われていったことを説明する下記箇所は印象的であった。
「神事から出て芸能化したいろ/\の神賑ひを思ふと、信仰の根深さ、又形を変へて永続する強い意力を感じる。打毬・馬術・賭弓の各種目も同様、神事占ひから出発した痕が認められるのである。
かうして日本の神々が、芸能を深く愛好せられると言ふ印象を、昔の人は持つやうになつた。荘厳な雅楽――又、舞楽――が、神事芸能に入れられたのも、かうした古人の理会から来た。田楽・猿楽の如く、中世から近世へ栄えた芸能も亦、最神事に縁の深いものであつた。武術などはまさか、と思ふ人もあらうが、此亦相撲同様、勝負を以て判ずる占ひの基準として、祭時に行はれたものが多かつたのである。」※3
ここで特に印象深いのは、あらゆる芸能や競技が神事から出発していることから、「日本の神々が、芸能を深く愛好せられると言ふ印象を、昔の人は持つやうになつた」と折口が考察する箇所である。実際に神々の存在を視認した人がどれだけ居たのかは分かりかねるが、一般的に視認できない存在であったとしても人々が神々の存在を信じ、神々の好むものを想像或いは感じ取り、神々を喜ばせようと祭時にそれらを執り行う、という一連の動きがあったことがこの箇所からは窺える。
そのうえ、それらの「神賑ひ」は形を変えながらもなお現代にも続いていることから、多かれ少なかれその原初の精神性も存続していると思われる。別所梅之助は『石を積む』(1931年)にて「宗教性は遍く私どもの中に存してをる。……宗教性も人の心の中を流るる潜流である。」※4 と述べていたが、「神賑ひ」に見られる精神性は、まさにこの秘めたる宗教性の表出であるとも考えられる。
個人的にこの「神賑ひ」に透る精神性で思い出されたのは、浪曲師・三波春夫の「お客様は神様です」という発言である。これは後々曲解されて物議を醸したようだが、本来は「神前で祈るときのように、雑念を払い澄み切った心にならなければ完璧な藝を見せられない。よって、お客様を神様とみて歌を唄う」※5 という、演者としての心構えを意味するものであった。
そして、書籍名と著者名は失念したのだが、昔読んだ実話怪談本には「ある大学の居合道部では神社で毎年型の演武を行うが、未熟な1年生が演武した際、その指には忽ち剣先で切られたような切り傷が刻まれていった。その1年生は未熟を反省して鍛錬し、数年後見事な演武を行ったら、神に認められたのか切り傷は出来なかった」という内容の話が収録されていた。
これらからは、神へ芸を奉ることの畏れ多さと、それゆえに完璧な芸を披露しなければならないとする精神性が窺える。しかしながら、これらからは完璧な芸を奉る理由として「神々は神聖な存在であるから失礼のないように」という意識のほうが、「神々は芸能を愛好せられるから喜ばせられるように」という意識よりも強く働いている印象がある。
前者のような神々の存在を意識する精神性だけでなく、後者のような「神賑ひ」の原初に垣間見られる、神々の好みや神々をもてなすことを意識する精神性がより強くなれば、神前で執り行われる芸にも一層豊かな精彩が加わるのではないかと思った次第である。
ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。
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《参考文献》
※1 長野県神社庁「祭り方 of 長野県神社庁」、長野県神社庁HP、2026/07/13/16:55アクセス。
※2 折口信夫(1949年)『神賑ひ一般』、青空文庫、2-3頁。
※3 同上、3-4頁。
※4 別所梅之助(1931年)『石を積む』、青空文庫、6頁。
※5 株式会社三波クリエイツ「「お客様は神様です」について」、三波春夫オフィシャルサイト、2026/07/15/14:17アクセス。
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