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るり

るり

22歳 T154 B90(G) W58 H92

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るり
10月31日12時10分
by るり
るり(エステティーク谷九店) 【明智光秀の足跡】


 ★玉音放送全文暗誦オプション可能(無料)★
※※●●●とnoteには写真を数枚載せています


 どうも、ルリです。少し前に明智光秀ゆかりの場所を巡るべく、京都を訪れた。観光特急あをによしに乗ったのだが、クラシックながらも洗練された現代的な美を感じられるデザインが、非常に心地よかった。シートもフワッフワで、身体が包みこまれるようであった。
 奈良を走る最中には、窓から朱雀門など平城京の建物を見ることができて圧巻であった。


 今回は本能寺、本能寺跡、明智光秀の首塚、明智藪、明智光秀の胴塚を主に巡り、池田屋事件跡や坂本龍馬が身を置いた家屋などをついでに拝見した。
 まず訪れた本能寺は靴を脱いで中に入ることが可能で、荘厳な本堂を見学することができた。本堂には白髪らしきものが生えた人形が飾ってあり、遠くにありながら、その畏怖が眼前にまで延びてくるようであった。併設された宝物館では、とりわけ麒麟と獬豸(かいち)の香炉が印象的であった。
 説明書きによると、麒麟は理想の政治が行われているときに現れ、獬豸は争いごとが起こった際に間違っている方をその角で突き刺すという。まさかここで瑞獣の知識を得られるとは思っていなかったため、非常に嬉しかった。


 続いて本能寺跡は、なんと京都市消防局の本能分団の建物になっていた。建物の前には石碑と説明書きがあり、幾度もの火災に遭った本能寺への慰藉にも感じられた。
 明智光秀の首塚は住宅街の中にあるため、正直気持ちが落ち着かなかった。もろ周りの住宅のテレビの音が聞こえたうえ、窓の開閉音も響いたため、監視されているのではないかと不穏な心中であった。
 ちなみに、近くにある「餅寅」という和菓子店では、非常に愛嬌のある女性が接客してくれた。あまりの愛嬌の良さに、近隣にあったら毎日1つか2つ餅菓子や饅頭を買っていきたいくらいであった。そこでは光秀饅頭なるものを食べたが、抹茶生地に味噌餡の味がバランスのとれた甘さで美味しかった。


 途中池田屋事件跡へ行ったが、そこは居酒屋はなの舞になっており、店の前には説明書きが建っていた。2階に展示があるようだったが、私は食事をしただけで店を出た。半個室の感じの良い店内であった。
 その後明智藪へ行ったが、八幡の藪知らずを彷彿とさせる背の高い藪に、写真の通り説明書きが建っていた。ブレていて申し訳ないが、絵の部分には小栗栖村の民に藪から刺される、光秀の最後が描かれている。目の前に迫る藪を見上げながら、「光秀がこの藪で刺されて命を終えたのか…」と思うと非常に不思議な気分になってきた。
 そんな場所が現在にまで伝えられ、残され、こうして数百年後の現在、私の眼に映っていること自体がたまらなく深甚に感じられたのである。


 そして、最後は光秀の胴塚まで歩いていった。18時前であったが既に辺りは暗く、面積の狭い歩道を歩く必要があったため安全面で恐れを感じたが、無事住宅の近くに胴塚を発見した。
 建てられている向きの関係で最初は通り過ぎてしまったが、石碑とともに説明書きも建てられており、丁重に供養されているのを感じられた。
 今回は朝から活動したが、まだ山崎の合戦に関するところは巡れていなかったため、今後関ヶ原の史跡巡りと併せて楽しんでいきたい。そして、新選組など幕末にまつわる場所も京都には多くあることを確認したため、そちらも機会をうかがって踏破したいものである。


 正直私は江戸時代にはかなり疎くて、本当に限られた知識しか持ち合わせていない。中学時代に岩波文庫の『ヒュースケン日本日記』を数回読んだ程度である。ヒュースケンたちだったか大名だったか、身分の高い人が道を通る際に、身なりを綺麗に整えた女性すらも地面に額をつけながら平伏したのを見て、ヒュースケンが悲しみを憶えたと述懐している部分くらいしか頭に入っていない。
 そんなものであるから、幕末関連の場所を訪れる前には本や動画などで予習してから伺う所存である。
 


 ほんじつも精一杯お癒やししますので、のんびりしていってください。よろしくお願いいたします。

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